てのひら

先導する小さな下級生の様子を、少年は苦々しい様子で見守っていた。
「ママのしあいを見に行こう!」
幼い少女の誘いに、次の授業開始に間に合うか心配しつつも二つ返事で付き合うことにした少年だったが、
二人で試合会場に向かう道中のショルグ前に差し掛かった時に運悪く午前中の試合が終わり、
帰路に着く人々の波に飲み込まれてしまったのである。
成人間近の大柄な少年でさえその場に立っているのがやっとの状況なのに、
大人の半分ぐらいの背丈しかない少女が、この押し寄せる逆流に耐えていられるはずがない。
少年が目をやると案の定、小さな体は巨人たちに押され、揉まれ、跳ね飛ばされ、みるみる視界から遠ざかってゆく。
たまらず、少年は離れゆく腕を掴み、引き寄せた。
「危ない危ない・・・。大丈夫?」
「うん・・・」
正直、ここまでの人手になるとは少年も予想していなかった少年は戸惑った。
試合開始時間も刻々と迫っている。
自分一人だと間に合いそうだが、母親の試合を一番を見たいはずのこの少女が間に合わないと意味がない。
少年は一つの考えを固めた。
「なあシェリルちゃん。ママの試合、見たい?」
「うん、でも、またはぐれちゃうと、こわい…」
「大丈夫だよ」
そう言って少年は少女の小さな手を握った。
「行くよシェリルちゃん。離さないようにね」
最初は遠慮がちに、しかし徐々に握る手を固くした少年は、しっかりした足取りで人波をすり抜けていく。
痛いぐらいの力で引かれる手を頼りに懸命についていく少女は、
この大きな暖かい手を離してはいけない、離したくない。そう思った。

シェリルは港前を歩いていた。
胸の奥でくすぶる熱った感情と、手を繋いだ先にいる人物への愛おしさはそのままに、
あの時と違って、人気の少ない静かな通りを、目線の同じ人物と、同じスピードで歩いている。
「なぁ、シェリル?」
「ん?」
「その、お前ってほんと、手ェ握ってくるの好きだよな」
「うん。なんて言うか、初恋の思い出?みたいな」
「何だよそれ。どうせ俺じゃないんだろ?」
「そうね。クリスじゃないけど、すっごく素敵な人」
「な、何だよそれ…」
他の男性の話に少しムッとした様子の恋人が愛しくて、シェリルは彼に体を摺り寄せた。
「でも、今はクリスとこうしてるのが一番幸せだな」
「シェリル…」
早すぎた初恋は、淡くも消えたけど。
人の優しさを、体温を、鼓動を伝えてくれる、手と手が合わさることの悦びを最初に教えてくれた彼のことは、
きっと一生忘れられないだろう。
恋人のクリスにはちょっと申し訳ない気がするが…シェリルはそう思った。

「ジェラール、どうしたの」
「あ、いや・・・。ちょっとね」
ジェラールは、見違えるように美しくなった長い黒髪から覗く白肌の横顔に思いを馳せた。
あの頃と違い一人で駆け出せるまでに成長した彼女は今、手を引かれて導いてもらうことではなく、
大切な誰かと共に歩むために手を取り合うことを知ったのだ。
「リサ」
突然絡めた手に一瞬こわばったリサの手は、徐々に柔らかさを取り戻していく。
「不思議ね」
「どうしたの?」
「あの女の子の気持ち、わかっちゃう気がするんだもの」

<END>


シェリル クリスティー(クリス) ジェラール リサネーラ(リサ)
6年前(シェリル1歳、ジェラール5歳)の時のエピソード&現在。
成人間際に小さな彼女に連れられてショルグ試合見学に行った際、本当に人並みに押されて進めずに、終いには立ち止まり黙り込んでしまったことから思いつきました。妄想万歳。
(2013/7/15)

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